大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)66号 判決 1988年3月11日

原告

オウトクンプオイ

右代表者

タピオカレビトゥオミネン

右訴訟代理人弁護士

中嶋一麿

被告

特許庁長官

小川邦夫

右指定代理人

杉山正己

中島和美

柏俣正行

奥司

主文

一  被告が、昭和五七年特許願第一七六四三七号につき昭和五八年九月二九日付けで原告に対してした出願無効処分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告が、昭和五八年特総第三一八二号につき昭和六〇年五月一七日付けで原告に対してした異議申立棄却決定を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五七年一〇月八日付けで、被告に対し、弁理人中嶋一麿を代理人として、名称を「使用ずみ原油硫黄抽出用触媒からの貴金属の回収方法」とする方法の発明につき特許出願をした(昭和五七年特許願第一七六四三七号。以下、「本件出願」という。)。

2  被告は、原告に対し、昭和五八年二月二日付け手続補正指令書をもって、本件出願の願書に添付した委任状(以下、「本件委任状」という。)に「特許出願」に関する委任事項の記載がないので、代理権を証明する書面を添付した手続補正書を三〇日以内に提出すべき旨の補正を命じた(以下、「本件補正命令」という。)。そこで、原告は、昭和五八年三月二日付けで手続補正書を提出したが、被告は、右補正書には委任状の訳文のみが添付され、本件補正命令で補正を命じた「代理権を証明する書面」(委任状原文)の添付がなく、右命令の趣旨に適合しないものであるとして、原告に対し、昭和五八年三月二五日付けで、右補正書を受理しない旨の処分をした(以下、「本件不受理処分」という。)。

3  その後、被告は原告に対し、昭和五八年九月二九日付けで、指定された期間内に補正がされなかったことを理由に本件出願を無効にする旨の処分をした(以下、「本件出願無効処分」という。)。

4  原告は、本件出願無効処分を不服として、被告に対し、行政不服審査法に基づいて異議申立てをしたが、被告は、昭和六〇年五月一七日付けで、右申立てを棄却する旨の決定(以下、「本件棄却決定」という。)をした。

5  しかしながら、原告が本件委任状において弁理士中嶋一麿に対し特許出願に関して委任をしたことは、その記載から明らかであって、手続補正の必要がないものであり、この補正がないことを理由とした本件出願無効処分は違法であり、したがって、かかる違法な処分に対する異議申立てを棄却した本件棄却決定も違法であるから、原告は、これらを取り消すことを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし4の事実は認め、同5は争う。

三  被告の主張

1  本件出願無効処分の適法性

(一) 特許法(以下、「法」という。)は、特許出願、請求その他特許に関する手続(以下、「手続」という。)をする者の代理人の代理権は、書面をもって証明しなければならない旨定めている(法一〇条)。この法意は、手続の進行の後、代理権の不存在を理由に手続が無効とされることによって、既往の手続の効力が否定され、煩雑な事態を招来することのないように、代理権の存否及び範囲をあらかじめ明確にしておこうとするところにある。

したがって、いかなる事項について委任をするかは、当該書面に明確に記載されていなければならない。

(二) 特許庁に対し、特許出願に関して書類その他の物件を提出するものは、特許出願の番号の通知後はその番号を表示しなければならなず(特許法施行規則(以下、「規則」という。)一三条一項)、特許出願後右番号の通知前には、番号の代わりに「昭和何年何月何日提出の特許願」のように記載することとされている(規則八条様式一の備考四ただし書)。

そして、特許庁に対してする出願は、特許出願のみならず、実用新案登録出願、意匠登録出願、商標登録出願等があり、右の特許出願の番号表示を義務付ける規定は特許出願以外の出願にも準用されており、いずれの出願であるかの特定は、特許庁に対してする手続において必要不可欠のものである。

以上の趣旨に徴すれば、願書に添付して提出する代理権を証明する書面には、出願事件を特定するために、いずれの種類の出願をするのかが明記されていなければならない。

(三) 本件出願の願書に添付された委任状は、いずれの種類の出願をするかを特定するに足りる文言の記載がなく、本件出願の代理権を証明する書面とは認められなかった。そこで、被告が本件補正命令を発したところ、原告は手続補正書を提出したが、右補正書は、委任状訳文のみが添付され、委任状原文の補正(添付)がなされておらず、本件補正命令の趣旨に適合しないものであったため、被告において本件不受理処分をし、これが確定した。そして、結局本件補正命令の趣旨に適合した補正がされなかったのであるから、本件出願無効処分は、法一八条一項に基づくものとして適法である。

2  本件棄却決定の取消請求について

原告は、本件出願無効処分の違法を主張し、これを理由に本件棄却決定の取消しを求めるものと解されるところ、かかる請求は、行政事件訴訟法一〇条二項に反して許されない。しかも、本件棄却決定には、いわゆる裁決固有の瑕疵は存しない。したがって、本件棄却決定の取消請求は理由がない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1(一)  被告の主張1(一)の主張自体は争わない。

(二)  同1(二)のうち、被告主張どおりの規則の規定があることは認めるが、その余は争う。

(三)  同1(三)のうち、本件不受理処分が確定していることは認めるが、その余は争う。

本件委任状の記載によれば、原告が、特許出願について委任している旨が明らかに読み取れ、しかも、本件委任状は、「特許出願」の願書の添付書類であって、原告の委任の趣旨を合理的に判断すれば、本件出願の代理権を証明する書面として何らの不備もないことが明らかである。すなわち、本件委任状は何ら補正の必要がないものであって、被告が主張する補正がなされなかったからといって、本件出願が無効となるものではない。

2  同2も争う。

本件棄却決定は、訴えの基盤としては前処分としての本件出願無効処分と関連のあるものではあるが、その取消請求については別個独立の訴えの利益がある。

第三  証拠<省略>

理由

一本件出願無効処分及び本件棄却決定に至る経過に関する請求の原因1ないし4の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第二号証、乙第一号証の二、三によれば、本件委任状の記載は次のとおりであることが認められる。

「フィンランド国ヘルシンキ市一〇テーレンカトウ四所在のフィンランドの株式会社オウトクンプは、ここに日本国東京都在住の弁理士中嶋一麿氏を日本特許法第八条、実用新案法第五五条、意匠法第六八条および商標法第七七条の条項に基づき復代理人の選任及び解任の権限をもつ代理人に選任し、使用ずみ原油硫黄抽出用触媒からの貴金属の回収方法に関する一切の件の手続を日本国特許庁に対してなし、かつ上記出願にかかる権利の確定的登録の前後において、必要に応じ、出願の分割、特許、実用新案、意匠への出願の変更、拒絶査定や補正却下の決定に対する審判の申立、行政不服審査法に基づく不服の申立、出願や異議ならびに請求の取下または放棄、日本特許法、実用新案法、意匠法、商標法またはこれらの法律に基づく命令に規定する一切の手続および行為をなす権限を付与する」。

二そこで、右事実関係に基づき、まず、本件出願無効処分の違法性の有無について検討する。

1 法一〇条が、手続をする者の代理人の代理権は、書面をもって証明しなければならない旨定めていることは、被告の主張するとおりである。

これは、手続が進行するにあたり、予め代理権の存否、範囲を明確にしておくことによって、手続の進行中、あるいはその後において、代理権の存否、範囲をめぐる争いが生じることを未然に防止し、出願とその後の手続の安定を期するための規定であると解される。したがって、委任による代理人について、その代理権を証明すべき書面には、代理権の存否及びその範囲について、委任者の委任の趣旨が明確に記載されていることを要するものと考えられる。

2  本件委任状には、まず、原告が弁理士中嶋一麿を法八条に基づいて代理人に選任する旨の記載があり、更に、委任の内容及び範囲として、「使用ずみ原油硫黄抽出用触媒からの貴金属の回収方法」に関し特許庁に対してする一切の件の手続という包括的な記載のほか、出願の分割及び変更、審判及び不服の申立、並びにこれらの取下、放棄、復代理人の選任等のいわゆる特別委任事項の多くが記載されていることは、先に認定したとおりである。

してみると、本件委任状には、原告が、弁理士中嶋一麿を「使用ずみ原油硫黄抽出用触媒からの貴金属の回収方法」についての手続をする特許管理人に選任し、特許出願することを委任する趣旨が当然含まれていると解される。

3  ところで、本件委任状には、右2のほか、いずれも特許法八条を準用している実用新案法五五条、意匠法六八条、商標法七七条に基づいて復代理人を選任等する旨と、特許法と並んで、実用新案法、意匠法、商標法又はこれらの法律に基づく命令に規定する一切の手続及び行為をなす権限を付与する旨が記載されていることも、前認定のとおりである。

被告は、特許庁に対する出願には、特許出願のほか、実用新案登録出願、意匠登録出願、商標登録出願があり、そのうちのいずれの出願であるかを特定することが不可欠であって、代理権を証明する書面にもその旨が明記されていなければならない旨主張し、これによれば、本件委任状の記載においては、その特定がされていないことになる。

確かに、特許庁に対する出願は、特許出願のみではないから、出願に際しては、いかなる出願をするのかが特定される必要があるものと考えられるが、これは願書の記載において必要とされるのであって、願書に添付された代理権を証明する書面の記載においても必要とされるものと解することはできない。すなわち、願書において、特許出願である旨の特定がされていれば出願手続を進めていくうえに何の不都合もないのであり、これに添付された代理権を証明する書面には、その出願事項について、委任者の委任の趣旨が明確にされていれば足り、特に特許出願のみを委任することを明記することまでは必要ではないと解するのが相当である。また、このように解しても、代理人の代理権の存否及び範囲が不明確となるものではなく、法一〇条の趣旨に反することにはならない。

以上の点に関し、被告は、規則一三条一項、八条様式一の備考四ただし書の存在をいうが、これらの規定は、いずれも、出願の後、特許庁に対して提出する書類等に関するものであって、出願の際、願書に添付された本件委任状についての被告の主張を根拠付ける規定とはいえない。

4  以上によれば、本件委任状は、特許出願に関する代理権を証明する書面として、補正を必要とすべき点はないから、これが必要であることを前提として、補正がされなかったことを理由とした本件出願無効処分は、違法であって、取消しを免れない。

三次に、本件棄却決定の取消請求について判断するに、原告がその理由として主張するところは、原処分たる本件出願無効処分の違法性のみであり、本件棄却決定に固有の瑕疵については、何ら具体的に主張していない。

してみると、かかる請求は、行政事件訴訟法一〇条二項により、理由がないことに帰する。

四よって、原告の本件出願無効処分の取消請求は理由があるからこれを認容し、本件棄却決定の取消請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安倉孝弘 裁判官小林正 裁判官若林辰繁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例